プロフィール 🌺 Chisako Tousignant

東京生まれ、東京育ち。

20代の頃、サルサダンスにはまって有給休暇の度にキューバまで旅をし、最終的には現地で日本語教師の仕事を見つけ、29歳から30歳にかけてハバナに暮らしてしまいました。

1年半過ごしたハバナでの時間はあまりに濃すぎて表現に困るほどですが、とにもかくにもシエンフエゴス出身のキューバ人男性と恋に落ちてしまったのであります。そして結婚。日本へ帰国することを決めますが、「キューバ人を連れて」という前置きがついての帰国となりました。

こうして日本語が一言も話せないキューバ人との東京での生活がスタートします。

当時のわたしはなぜか、「キューバ人と結婚したからにはわたしが頑張らねば」「わたしが頑張って生活を支えなければ」というギアが入っており、とにかく必死に働いた30代。次の転機が訪れる40歳まで、一生懸命働いて、海外出張もいっぱいして、マネージャーにもなりました。

そして40になり、今度はハワイでのビジネス投資(&移住)の話が浮上。さすがに1年ほど考えた挙げ句、アメリカへの移住は今回を逃したらもう一生そのチャンスは来ないだろう、という思いで決断。キューバ人の元夫と猫とともにハワイへの大移動を決行。

楽園ハワイは移住当初は全くもって楽園ではなく、辛くて大変な日々が待ち受けていました。投資したビジネスは聞いていた話とはまったく異なり大赤字の自転車操業。毎日業者さんからの取り立てに頭を下げながら、レストランのマネージャーとして現地の若者をまとめていくしんどさといったら・・・。

最終的にレストランはクローズ。投資したビジネスは大失敗です。

つらい状況の中でも頑張っているとひとつぐらい良いことはあるもので、グリーンカード(永住権)への切り替えに成功。「これでどこででも働ける!」とアラモアナにあるコンドミニアムのGMアシスタントの仕事を始め、新しい生活を試行錯誤で手に入れます。ハワイ(アメリカ)に居続けることに迷いはありませんでした。

次に訪れた試練は離婚。12年連れ添ったキューバ人の元夫と別れることに。まさかアメリカで離婚することになろうとは。生まれて初めて弁護士を雇ったり、精神的に疲弊してカウンセリングを受けたりと、ハワイでの激動は続きました。

ハワイでそれまでの膿を出し切ったかのごとく、離婚後は穏やかな暮らしがスタート。目の前に広がるハワイの大自然を日々満喫していました。そして、その後ほどなくして現在の夫との出会いが待っていたのです。

マサチューセッツ州からハワイへ移住していた現夫と出会い、これ以上ないぐらい幸せな日々を過ごし、自然な流れで結婚。離婚から1年経つか経たないかのスピード感でした。

結婚後、ビジネスコンサルタントをしている夫の仕事上のメリットを考え、大好きになったハワイを後にしアメリカ本土へ移住。カリフォルニア州ロサンゼルス、オレゴン州ポートランドと約2年半をメインランドで過ごし、2021年7月に夫婦二人のベースであるハワイへの帰還を実現させました。

新居はハワイ島のヒロ。ハワイ島はハワイ諸島の中で最も若い島。手つかずの自然が残り、少し荒削りの若々しいエネルギーを感じる場所です。そしてヒロはそんなハワイ島の中で最も大きな街。とはいっても、どこか懐かしいゆっくりとした時間の流れる独特な魅力のある街です。東京、オアフ、そしてメインランドから越してきたわたしには、何やら想像もつかないようなワクワクと日々出会えそうな予感がしています。

40代での海外移住は簡単なことばかりではありませんが、日々の出来事や、毎日の暮らしの中で感じることなどを素直に率直に書き記してゆくことで、海外移住や国際結婚を考えていらっしゃる方、そしてハワイ島という不思議な魅力に溢れた島に興味のある方、そんな方々のお役に少しでも立てれば幸いです。

2021年7月

ハワイ島ヒロの自宅より