Ikigai談義

何気にこんな本を持っていたりします。

旦那さんからいきなり「ねぇ、Ikigaiって知ってる?」と聞かれました。


「もちろん知ってるよ。人生の目的みたいなこと。そのために生きてます、って言えるぐらい大切なこと、でしょ?」


日本語の「生きがい」は英語では単語として存在していないため、欧米へは数年前にそのまま”Ikigai”としてその概念が紹介され、話題になったようです。


旦那さんによるとその概念は欧米へ紹介された際にこのようなチャート図で紹介されたんだとか。


日本語ではとても曖昧な「生きがい」という概念をチャート図にしちゃってるところが既に欧米っぽいですが、確かにとても明解で、欧米人にも分かりやすいだろうなと思います。

Ikigaiチャート図の日本語訳


でもって旦那さんによると、「これは西洋化しすぎで本来の意味からズレてる」と滅多斬りでした(笑)。「つまりこれって単に好きなことや得意なことを仕事にできたらそれが生きがいって話しでしょ?でも本来の生きがいの意味ってそういうことじゃないよね」そうね、そう言われてみればそうだわね。


旦那さんが共感したのは、かつて空手の修行のために沖縄に渡ったアメリカ人の方による「生きがい」の解釈だそうです。


そこ(沖縄)で彼が出会った空手の先生方はみな無償で空手を教えていたんだそうです。アメリカ人の彼は、お金ももらわずに活きいきと喜んで教えている先生方の姿に感銘し、「これが日本人の言うIkigaiってやつだ!」と理解したんだとか。この先生方にとって「空手」や「空手を教えること」は生きがいだったのでしょうね。理解できます。


旦那さんのはなしは続きます。「知佐子のIkigai知ってるよ」


おぉ❗️そうきましたか。まぁこれだけずっと一緒にいたら分かるかしらね。さて、何かしら?


「ひとつは絵。知佐子は純粋に自分の喜びのために絵を描いているでしょ。それは自分の内側から湧いてくるものであって、知佐子の本質からくるものだから生きがいと言っていい」


「もうひとつはケアギビング。これも知佐子の本質にある優しさからくるもので、この部分を発揮するのも知佐子の生きがい」


ほほぉー、ケアギビングね。女性には母性というものが備わっているので、何かお世話をしてあげる対象が生きがいになるケースは多いかもしれませんね。子供とか、孫とか、ペットとか、植物とか、はたまた旦那とか?


旦那さんにとって「生きがい」とは、自分の内側の本質の部分から発している、という点がポイントのようです。その結果としてそのことでお金を得ているか得ていないかは問題ではない、と。旦那さんとはいえ自分の生きがいを人から解説してもらうのは初めてでしたが、いずれも納得でした。


こんなやり取りが朝からあったもので、今日は自分の生きがいについて色々と思いを巡らせてしまいました。


振り返ってみると、20年ほどがっつりと仕事をしていましたが、残念ながら仕事が生きがいであったことは一度もなかったなあ。大好きな職場や「これは天職なんじゃないか」と思えるような仕事との出会いはあったけれど、仕事が「生きがい」であったことは一度もない。


20代の頃に夢中になったサルサダンスとキューバはある意味生きがいだったような。最初の結婚もその延長線上にあって、元旦那さんはわたしにとってキューバの象徴みたいな存在だったので、結婚後はそんな元旦那さんのお世話をすることが自分の生きがいみたいになってしまっていたかもしれない。


当時はそんな風に思っていなかったけれど、今考えるとそうだったかな、って。そしてそれが自分の生きがいではないかも、って気付いたと同時に結婚生活も終わった気がする。ってこれもまた今になって思うことであって、別々の人生を歩むと決めた時にそうと自覚していた訳ではないのだけれど。


そう、生きがいは変わるのです。そして変わっていいのです。今は絵と、お世話すること(特に😺🐶?)が生きがいかもしれないし、そのことをすごーーーーくありがたく思っているけれど、死ぬまで同じかは分からない。

一度は「仕事が生きがいです」ってなってみたいような気もするし、一生そんな日はこないような気もする。


改めて聞かれると考えるいい機会になるかもしれないので、今日は最後質問でしめます。


あなたの生きがいは何ですか?

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