わたしにとってのキューバ ②

キューバのお話の続きです。


キューバへ行き始めた頃はまだカナダからの直行便が出ておらず、いつもアメリカ経由でメキシコシティに入り、メキシコシティで一泊して次の日の朝にハバナへ飛んでいました。


メキシコシティでハバナ便に乗るとまわりはもうすべてラティーノ。機内ではスペイン語が飛び交い、気分は俄然盛り上がります。


窓から眼下を見下ろし、キューバが近付くにつれ透明度が上がる海を見ては「もうすぐキューバだ」と心を踊らせていたものです。


ホセ・マルティ空港へ到着すると、強烈な日差しと、ガソリンと葉巻と熱帯の植物が入り混じったようなキューバ独特の匂いを浴びて、キューバにいる自分を全身で感じます。それだけですでに幸せでした。


キューバでは、空が低くて、太陽が近くて、天からのエネルギーが強烈に地上に降り注いでいる感じがして、どこからかサルサの音が聞こえてきて、子どもたちが走り回っていて、スペイン語のおしゃべりが聞こえてきて、ガソリンの匂いにまみれながらボコボコの道路を歩いているだけで最高の気分でした。


キューバには他のどこの国でも見たこと、感じたことのない何かがあります。


そんなキューバで一年間、日本語教師として仕事をさせていただく機会を得たことはまさに夢のようでした。


赴任先は、キューバ国立フィンライ研究所。デング熱のワクチンを開発したコンセプシオン・カンパ博士が当時所長をされていた大変著名な科学研究所です。


あまり知られていないことですが、キューバは医学がとても進んだ国で、日本の医師との交流も一部では盛んに行われています。


そんな中、東洋医学(鍼灸や漢方)に興味を抱くキューバ人医師も多く、若手の医師や科学者が日本語を学べる機会を提供するためクラスが開設されたところでした。


わたしに与えられた役割は、そんな若いキューバ人医師や科学者たちに週に3回日本語を教えること。キューバからは、ビザ、そして一年間のホテルでの宿泊と3食の食事を提供していただきました。結果1年半キューバにいることとなり、無給とはいえこれ以上ないぐらい贅沢で貴重な1年半をキューバの首都ハバナで過ごしたのでした。

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