夕焼け新聞8月号掲載『ポートランドの黄色いお家』

「ポートランドの黄色いお家」

2021年7月7日にオレゴン州ポートランドよりハワイ島ヒロへ引越しをしました。入校日の関係もあり、夕焼け新聞8月号まではポートランド在住時に書いたコラムが掲載されます。以下は夕焼け新聞8月号に掲載されたコラムの全文です。

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6年間のハワイでの生活の後、数ヶ月暮らしたロサンゼルスを経てポートランドへと越してきたのは2019年10月のことでした。砂漠の中にできた巨大都市と言ってもよいほどカラカラの晴天が続くロサンゼルスからトラックに荷物を積み一路北上。ノースウエストを目指しての2泊3日の旅でした。

南北に長いカリフォルニア、車中から見える景色はどこまでも続く乾燥した赤土。カリフォルニア州最北のシャスタ山あたりから周りの空気がひんやりし出すと共に凛としたエネルギーが流れはじめ、オレゴン州に差し掛かると車窓からの景色は一変して一面の緑。のんびりと草を食んでいる牛たちの姿も幸せそうに見えました。

あの頃は、こんなに早くノースウエストの地を離れることになろうとは想像もしていませんでしたが実はこの度、古巣であるハワイへと戻ることになりました。予定よりもだいぶ短かった2年にも満たないポートランドでの生活は、振り返ると実に多くのことをわたしに教えてくれました。ポートランドに越してから程なくして新型コロナによるパンデミックに見舞われ否が応にも自宅で過ごす時間が長くなったことで、築100年のポートランドの我が家とその近辺での毎日の犬の散歩コースがわたしの生活圏であり学びの場でもありました。

きっかけは、春先に見かけたご近所のツツジの花の生け垣。ポートランドで何年ぶりかで目にしたツツジの花が幼少時代を思い起こさせました。幼い頃過ごした実家の庭にはツツジの生け垣があって、春になるとその花を摘んでは蜜を吸おうとしてみたり、花をイチゴに見立てて泥んこのケーキを作ったりして遊んでいたあの頃の光景が走馬灯のように蘇ってきたのです。

その後大人になってからも長いこと暮らしていた東京の街の至るところでツツジは毎年花を咲かせていたはずです。でもそんなツツジの花をわたしは何年も何年も素通りしていました。目に入っていても心を入れて見てはいなかった、と言うべきでしょうか。長いこと、心の中のどこかのスイッチをオフにして生きていたような気がします。日々の生活は忙しく、常に目的地に向かって急ぎ足で歩いていて、道路の脇で毎年きれいな花を咲かせていたツツジの花に心を留める余裕すらなかったなんてなんだか悲しすぎますが。わたしは随分と長い間、たくさんのことを見過ごして生きていたのだな、と思います。

日本とよく似た四季の移ろいの中で咲いては枯れてを繰り返す植物たちに囲まれながら、わたしは長いこと忘れていた子供の頃の眼差しをポートランドで思い出すことができました。変な言い方ですが、新型コロナによるステイホームの時期をポートランドの街で過ごすことができて本当に良かったな、と思うのです。じっくりと自己に向き合う時間を、このような素晴らしい自然と情緒のある街で過ごせたことが。

ここ何年かの間、わたしは東京からオアフ島(ハワイ)、ロサンゼルス、そしてポートランドと根無し草のように住む場所を変えてきました。この、数年ごとに引越しを繰り返した経験、つまりそれは場所が変わるだけではなくそこに住む人々、文化、気候、自然、すべて丸ごと総取替えという経験を通して、それ以前には持ち得なかった感情を抱くようになりました。それは「この場所で、この夏(もしくは秋、冬、春)を味わえるのは今だけかもしれない」という思いです。長いこと同じ場所に暮らしていると、季節は巡って夏(もしくは秋、冬、春)はまた何度でもやってくる気がしてしまいます。しかしわたしは今年、真赤に染まったポートランドの紅葉の下を犬と散歩することはもうないし、温かい暖炉の前でクリスマスツリーの飾り付けを楽しむこともありません。去年の紅葉が、去年のクリスマスが、わたしにとってはポートランドで過ごした最後の秋であり冬であったわけです。そしてそれは、同じ場所で暮らしていても言えることです。今年の夏、この夏、この瞬間は、どんなに頑張ってももう二度と味わうことのできない夏であり今なのです。

そう思って周りの自然や、人々の些細な言動や、動物たちの表情に目を向けると、これまでとは違った世界が見えてきました。これまで見過ごしていたごくごく小さな変化や輝きをすくい取れるようになったのです。手のひらからこぼれ落ちないうちに、急いで言葉や絵に変換しないと今にも消えて失くなってしまいそうな程の小さな気付き。それらをどうにかすくい取って文章や絵画という形で表現する喜びを得ることができたことが、ポートランドで得た何よりの収穫でした。どこに暮らしていても、今ある場所で、目の前にある、手を伸ばせば触れられるもの、これからはそういったもの達を大切に暮らしてゆきたい。そんなことを感じさせてくれたポートランドでの暮らしでした。

ポートランドがそのどっしりとした大地と、深くて濃いい緑色の木々から発せられる優しいエネルギーとに包み込まれるような場所だとすると、次なる移住の地ハワイ島はハワイ諸島の中で最も若い島。若々しく少し荒削りで、そしてやはり南国ハワイ、空と海とに解き放たれるような開放的なエネルギーを感じる場所です。来月からは、そんなハワイ島ヒロよりお届けさせていただく予定です。

人生には無限の過ごし方の可能性があります。これからの人生、小さな気付きを見逃さずに、一つでも多くの輝きをすくい上げながら生きてゆきたいと思っています。

トゥシグナント知佐子

東京都出身、2013年米国に移住。ハワイ、カリフォルニアを経て、現在は、ボストン出身の夫、オレゴンの森の中で生まれたコリーのメス犬と共にポートランド在住。ブログhttps://chisakolife.comにて、ポートランドの暮らし、国際結婚、犬猫との生活、自らの絵画制作などについて執筆中。

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