夕焼け新聞7月号掲載『キューバ、アメリカ、そして日本』

ハワイ島からブログ発信中。こちらは米国オレゴン州月刊コミュニティ紙『夕焼け新聞』2023年7月号に掲載されたコラムの全文です。

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かれこれ20年以上前のことです。わたしはカリブ海に浮かぶ島、キューバという国で2年間日本語教師をしていました。フロリダ南端のキーウエストからキューバまでは、海を隔てているとは言えほんの94マイル。ポートランドからユージーン(約110マイル)にも満たない距離です。アメリカにとってキューバは「最も近くて遠い国」と言えるかもしれません。

アメリカとキューバが国交を断絶したのが1961年。米ソ冷戦下にあったアメリカは、アメリカ大陸から目と鼻の先のキューバが共産化することを恐れ、キューバ革命後のカストロ政権打倒を企てたものの失敗。キューバは経済支援を申し出たソ連と蜜月関係を築き、そんな中アメリカはキューバへの経済封鎖、国交断絶へと舵を切りました。

そんなキューバの首都ハバナを私が初めて訪れたのは1998年のこと。当時習っていたサルサというダンスの本場でどうしてもレッスンを受けたく、会社の有給休暇を使って2週間の旅に出たのでした。20代前半の頃の話です。当時のキューバはインターネットや携帯はもちろんのこと、ほとんどの家にまだ電話もない時代。テレビもないお宅もたくさんありました。

電話やメールで事前に連絡がとれないため、住所を書いた紙と地図を片手にハバナの街でサルサの先生そしてスペイン語の先生のお宅をなんとか見つけたと思ったら、開かないゲートの前でしばし呆然。この場合、建物の外から窓に向かって大声で叫ぶのがキューバ流ですが、これには最後まで慣れませんでした。このようにしながら文字通り、ひとつひとつ扉を開いていったキューバでの2週間。スペイン語での挨拶もままならない東洋人の私をキューバ人の先生方は優しく迎え入れてくれ、午前中はスペイン語の個人レッスン、午後はダンスの個人レッスン、それを毎日繰り返し、あっという間に私の初めての有給休暇は終了しました。

実際にキューバを訪れたことでダンスや音楽だけでなく、私はキューバそのものに恋をしてしまいました。物がない(本当にない)けれど、人生を豊かに楽しむ術を知っていて、日本とは180度異なる価値観で逞しく生きる人々。様々な肌の色の子供達が楽しそうに遊ぶ姿、生き生きとした表情で踊るご老人たち、高く高く天へと突き抜けるサルサの響き、地上の奥深くまで伝わるかのようなルンバの音と動きの力強さ、そんなものひとつひとつに心が震えました。

もちろん、封鎖されたキューバという国の中で閉塞感を感じ、外の世界、特に隣の大国アメリカへ強い憧れの気持ちを抱く人、資本主義への妄想が広がってまるでアメリカは夢の国、とでも思っているようなキューバ人にも数多く出会いました。外国人からのチップを受け取るホテル従業員が、人の命を救う医師たちの何倍もの賃金を得ていたり、外国に住む家族からの仕送りを受ける若者が働かずに自由気ままに暮らしていたり。そんな矛盾も目の辺りにしました。

そしてこれらの事実はまた、逆説的な別の真実を内包してもいました。どういうことかと言うと、私が出会ったキューバ人の医師たちは真に純粋に命を救うことを志して医師となり、その情熱を灯したまま日々邁進していました。キューバでは必要最低限の食べ物は配給があり、十分とは言えないけれども餓死する人もホームレスもいませんでした。そして、教育と医療は完全に無料で、すべての子供には学ぶ機会が与えられ、病んでいる者は誰でもいつでも医療サービスを受けることができるキューバ。私自身、熱が出た際にかかった医療費も薬代も完全に無料でした。

相反するようなエネルギーが複雑にからまりながら渦巻く国、キューバ。そんなキューバで私が強く興味を惹かれたことの一つは、キューバ国民に共通する強い「キューバ人であること」への誇り。これは例外なく、これまで出会ったキューバ人全員に当てはまることでした。キューバの楽曲には、キューバへの愛やキューバ人であることへの誇りを歌った曲が数限りなくあります。日々の生活にブツブツと文句を言いながらも、キューバ人であることへの誇り、自国への愛を声高らかに表現する彼ら。そんなキューバ人の姿を見て、20代の私はちょっと羨ましいような気持ちが湧いたものです。「私はそんなに日本のことを愛しているかなぁ?」と。

40歳を過ぎてアメリカへ移住して今年で10年。年を重ねれば重ねるほど、より日本人であることへの誇りや日本への愛が深まっていることを感じます。キューバに居た頃は将来アメリカで暮らすようになるとは想像もしていませんでしたが、今このアメリカという国で、当時羨ましく感じていたキューバ人の姿に少し近づいてきたように思える自分に、人生の不思議と喜ばしい気持ちの両方を感じています。

※掲載写真:2000年代初頭のキューバの首都ハバナ(筆者撮影)

トゥシグナント 知佐子 

chisakolife.com

東京都出身、2013年米国に移住。オアフ島、ロサンゼルス、ポートランド(OR)を経て現在はハワイ島ヒロ在住。数秘セッションと絵画制作 マナアートハワイ manaarthawaii.com・ハワイ島ヒロ自宅でのAirbnb airbnb.com/h/hilosunrisesuite 

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